日本医師会災害医療チーム(JMAT)派遣の報告2
報告
今回、小県医師会JMATチームに理学療法士として参加させていただきました。
避難所の大槌高校にはAMDA(特定非営利活動法人アムダ)の医療チームを中心に、我々長野チームのほか、青森、大阪から医療チームが派遣されていました。リハビリ職は私の前に大阪と青森から理学療法士が1人ずつ派遣されていましたが、継続しては派遣されていなかったとのこと。私も数日ぶりの理学療法士ということで、到着とほぼ同時に避難所への回診に帯同し、リハビリを行うことを求められました。
前の理学療法士からの申し送り書類がありましたが、その対象の方がどこにいらっしゃるのか、避難所の配置や環境もわからず、まったく状況を掴めないまま手探りで活動を開始せざるを得ませんでした。そこで初日はより多くの方とお話しし、状況を把握することから行いました。
避難所の大槌高校
被災者の方々は、大槌高校の体育館、3階建ての校舎内の各教室で生活されていました。エレベータなどはなく、階段での移動が難しい重症者・高齢者は1階で居住されていました。硬い床の上にダンボール、布団やじゅうたんなどを敷き、その上で生活されている状況でした。体育館は簡易なカーテンでの仕切りがありましたが、暖房は数箇所に石油ストーブがあるのみのようでした。一方、教室では仕切りはありませんでしたが暖房設備は復旧していました。一部、建物内ではなくグラウンドの車の中で生活されている方もいらっしゃるようでした。電気・水道は復旧していましたが、水道は飲用に適さないとのことで、被災者の方は救援物資の水を飲用に用いていました。トイレは水洗でしたが、風呂・シャワーなどはありません。瓦礫から舞い上がり飛散するのか、校舎内は埃や砂が多いように思われました。その校舎内の掃除や食事の準備は担当の班決めがされており、分担になっていました。食料・衣類など自衛隊により次々と救援物資が運ばれてきており、また焼き芋・ケーキなどボランティアからの支援差し入れがありました。
避難されていた方のうち、若い人は瓦礫の撤去や仕事などに日中はほとんど外出しており、食事の時間に戻ってくるようでした。子どもたちは洗濯の手伝いなどをしたり、学校内で遊んでいました。一方で高齢者はほとんどの方が日中も教室内に残ったままで、移動はせいぜいトイレに行くだけという方が多く見受けられました。教室間の交流も少ない様子で、他の方に気兼ねするので他の教室を訪ねたりはしない、という声も聞かれました。
臨時の診察室(保健室)
このような生活環境の中で、リハビリが必要な方はほとんどが高齢者でした。膝や腰に痛みがある方、義足を用いている方や片麻痺で介助が必要な方に、個別での運動指導、疼痛軽減目的でのマッサージ、装具の処方や調整などを行いました。また臥床傾向であると思われた高齢者の方に、生活の中でなるべく運動を取り入れるよう声掛けを行いました。しかし、私1人で個別に対応するには時間的に限界があります。またリハビリは継続的な介入が必要です。高齢者が集まってお茶飲み交流ができるような場所、さらに集団での運動、リハビリが行えるデイケアのような場所が必要であると感じました。
医療チームメンバー
緑が長野チーム
避難所での活動で大変だったことは、期間中に整形外科医師がおらず、装具の選択など多くの判断を自分自身で行わねばならなかったことです。経験・知識不足を感じる場面も多くありました。また、被災者の方と日を追うごとに少しずつ打ち解けることができましたが、徐々に被災したときの状況、身内の葬儀の話や未だ行方不明の身内がいること、今後の生活のあてがないことなどを聞いて欲しいと話され、話の内容を受け止めきれずただ傾聴するだけでした。心のケアが重要であると強く感じました。
今回、被災者の方と共に避難所内で生活しながら活動を行って、日常の業務では得られない貴重な経験をさせていただき、被災者の方から多くのことを学ばせていただきました。この経験を今後の業務にも生かしていければと考えています。
最後になりましたが、このたびの震災で被災された方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。
理学療法士 安藤 則武
